
新時代の縫製工場経営 対談 ②
辻洋装店 代表取締役 辻 吉樹 氏 × 「マグノリアコレクション」デザイナー 望月 順子 氏

──お二人の取り組みは何年目になりますか。
望月 2021年に最初のワンピースが完成してからなので、6年目です。
──最初は何型から。
辻 最初も今も1型ずつ。アパレル業界のやり方にとらわれていないので、私たち的にはすごく新鮮です。
──望月さんの企画はどのように生まれるのでしょうか。
望月 基準は、お客さんがこれを求めているからというより、お客さんがどんなことで悩んでいるか。アパレルを始める前は10年以上、お客さんの服の悩みに答えてきました。こういう悩みにはこういう服、こういうものが売っていなくて困っているとか。困りごとはほぼ分かっているつもりなんです。アイデアの起源は、私自身が生活していて「今日着る服がないな」と思った時とか、「今日こういうところにこの天候で行くのに、こんな服があったらいいのに」と思った時。自分はそう思うけれど、みんなにとってはどうだろう、こういう服がないと困るだろうなと考えて、じゃあ今度はこんな服を作ろうとなる。お客さんから「こういう服が欲しい」という話ももちろん聞きますが、そのまま「はい、分かりました」ではなくて「こういうシーンに着る服が欲しいんだな」と変換して作っています。
辻 アパレルと望月さんは何が違うのかなと考えることがあります。たぶん動機が違う。儲けようということが先ではなくて、お困りごとを解決したいんですね。ファッションに興味があってお洋服が大好きなんだけど、どうしてそれを買っちゃうの?というような迷える子羊がたくさんいて、その方たちのお困りごとを解決したい。普通の売りたいと思っている店員やプロダクトディレクターとは視点が違うから、動機が違うんだと思います。そこの違いがあるから感動があるんじゃないでしょうか。販売方法も、在庫が残ると良くないから受注販売にした方がいいですよと提案すると、素直に聞いてくださった。それで原価率も五割という驚異的な数字でやられている。ただ儲けようとかいう動機じゃない。お客さんをちゃんと見ているから、受注販売なのに返品OKにするわけですよ。
望月 私のお客さんは、私の服を着ていて、私のセンスなり考え方が好きで買ってくださる人がほぼ100%なんです。大手ブランドのようにいろんなところからお客さんが湧いてくるわけではないし、一見さんもほぼいない。だから、信頼されていることは絶対に重要です。売れるからいいかという感じで売ってしまうと、そこが信頼関係の綻びになる。その一環で返品可能にしています。受注生産といっても、ほとんどの方は試着せずに買う。これまでにいろんな理由で一回も着ていない服をみなさん山ほど持っていて、そういう負の遺産みたいなものをお客さんの手元に残したくないと思ったんです。私たちは信頼関係しかないので、みなさんにちゃんとしたものを届けることが大事なんです。
辻 うちはモノ作りにはそれなりに自信があります。マグノリアコレクションは、うちの中でも一番いいところで縫うようにしている。ベテランのパタンナーである里平(玲子)が監修していて、辻洋装店のクオリティをずっと司ってきた人がこだわってやっています。だから着ると違いがわかる方は多いと思う。毎回、製品を作ったらアーカイブとしてうちでも一枚いただいて、しっさいにヘビーに着用する。どこが問題なのか、改善できるところはないかを見る。パターンも仕様も全部うちでやっているので、その後も追いかける責任がありますし、次に同じものを作るときにはブラッシュアップしたい。望月さんの服と普通の服との違いは、なかなか言葉では説明できない。実にシンプルな服なんですよ。でも着てみると、役に立つ服だということがわかる。言ってきた分かる。
望月 服が得意な人は、見たときに着たらこんなシルエットになるなと想像できます。でもシンプルな服ほど難しくて、ほとんどの人はそれができない。だから私は、服の説明書代わりに「服の使い方」を説明します。なぜこんなにシンプルなのか、なぜ便利なのか、なぜこの値段なのか。あなたはこういうところで困っていて、そういうときにこういう服が欲しいですよね。だからあなたに必要なのはこの服ですよと説明すると、「要るじゃん」となるらしいんです。それで実際に着てみて、好きになってくださる。
辻 私たちが望月さんと出会って最初にインパクトがあったのは、「洗いたいんです」と言われたこと。うちはプレタの服を作っていて、ほとんどがドライクリーニング。繊細な素材が多いので、ウォッシャブルの服はほとんど作ってこなかった。でも、「おでかけ着ばかりじゃないし、毎日着たいから洗いたい」という意見があると。だからできれば普通に洗える、最悪手洗いでもいいというのが前提。
望月 最初の綺麗なうちはドライクリーニングに出すけど、何回か着ているとクリーニング代がかかってくる。それで家で洗ってみようと洗うんです。そうすると、風合いが崩れることがある。私が実際に洗ってみて、「これくらい縮みました」とか、そういうこともお客さんに伝えるんです。
辻 そこもオープンなんですよね。それで信用されている部分もあると思います。顧客との距離が近いというか、顔が見えているお客さんとの信頼関係も、このブランドの強みだと思います。
──辻洋装店にたどり着くまで、様々な縫製工場を回ったそうですね。
望月 私は辻さんで作っているような服をたくさん買ってきたんです。1着10万円、20万円するワンピースを消費者としてヘビーに買ってきたので、自分の中に「このくらいのクオリティーの服を作りたい」という基準がありました。2、3社でサンプルを作ってもらいましたが、縫製が自分の思っているような綺麗さではなかったり、不具合があっても「それはしょうがないですね」で終わったり。3社目で「お金はいくらかかってもいいから、最大限きれいに仕上げてほしい」と話しましたが、出来上がった物を見ると、「これかと…」。こんな服なら自分は買わないなと思って諦めました。
──辻洋装店との出会いは工場見学ですね。
望月 綺麗に出来上がっていて「これぞ私の知っている服だ」と思いました。
辻 見学の時に「私も服を作ってください」とおっしゃって、結講忙しい時期でもあったので、「少し待っていて下さい」とお伝えしました。3、4ヶ月後に改めて電話すると、まだ「作りたいです」と全然冷めていなかった。当時住んでいらした松本からすぐ来て下さって、その後の打ち合わせでもこだわっていることが本気なんだと伝わりました。
望月 心強かったのは、パッカリングなどの話をした時に、「そういうことはあるけど、それを解決するのがうちの仕事です」と言ってくださったことです。私は技術を持っていないので、試行錯誤を一緒にしてくださることがありがたい。「ちょっと高級感が足りない」みたいな言い方でもいいですよ、と言ってくださる。私はそういうことを言いたいんです。それを辻さんが素材や仕様、技術に落とし込んでくれる。雰囲気を数値化してくれるのが一番心強いポイントです。形にないものを一緒に作る時、お互いが持っている知識や技術を出し合うことが大事だと思うんです。しかも、実績もない個人の私に真剣に向き合ってくださった。それがなかったら続けられなかったです。
辻 私もこのままアパレルの仕事だけを続けていて大丈夫なのかとずっと思っていました。パターンや素材、仕様などの基本的な情報は相手が全て持っていて、その通りに作りなさいと言われてその通りに作る。それをやりながら、工場はパターンや素材のことを勉強した方がいいということも聞いて勉強もした。次はどうしようかと新しい扉を開けようとしていたんです。そんな時に望月さんが現れた。アパレル業界を外から見ていて、すごく面白いことを言うなという感覚でした。直接物を見ながら、望月さんが望月さんの言葉で要望を出して、「もうちょっとこうなるといいんだけどな」とボソッと話したことも私と里平で聞く。望月さんが来た後は、必ず里平とミーティングをして、すり合わせる。こういうことを経て、段々取り組み方が確立してきました。それはこれまでとは視点が違っていて、私たちにとってはとても新鮮です。
──望月さんの食事会にも参加されることがあるそうですね。
辻 食事会へは社員が行かせてもらっていて、それが非常にモチベーションになっています。普段顧客とは合わない、ダイレクトに話を聞く機会なんてほとんどないので。あまりしゃべらない社員が会社に帰ってくると、「お客様がこういうことを言っていた」と色々報告してくれます。お客様が自分たちが塗ったものをお召しになっている雰囲気を見て、直接感想をいただけるのはモチベーションにもすごい影響しています。
──望月さんは工場によく来るそうですね。
辻 デザイナーが縫製工場に来て、直接要望を言う環境は実はあまりないんです。でも本当はやらないといけないことだと思う。ブランドが大きくなるとやるべきことが増えてみんな忘れていく。段々分業になっていき、そうするとアイデンティティーが伝わらなくなる。でもデザイナーの顔が見えていると、こういう要望がありましたと伝えても仕事への入り方が違う。例えば「お客さんが白のブラウスを待っている、と今来て言っていたよ」と言うと、白だけ先に進めようとスピードも上がるし、一生懸命いいものを作ろうと思います。ブログもみんな見ていますし。取り組み始めて6年。60型以上やって来て、だんだん波長が合ってきました。望月さんみたいな人を探していますが、あれから全然現れません。
──望月さんと他の人の違いは。
辻 明確な意思があるか、ないか。望月さんはファッション業界の曖昧な話を言語化するのが上手い。かわいい、素敵で終わるような言葉を何でそう見えるかを説明できる。それで信頼されるから、お客さんが付くんだと思います。
──今後の展望は。
望月 今やっていることで精一杯ですけど、お店を出したいです。洋服を買いに行って、その場で着て持って帰れるというのはすごくエキサイティング。その中で「あなたにはこれです」みたいに、私が選びたいというのはあります。
辻 私は最初は否定的でした。でもこれだけベースができていて、望月さんが直接店に立って接客するなら、それはすごいエンターテインメントですよね。
──「見る目」は基本なんでしょう。
辻 実に曖昧ですけど、やっぱり望月さんが持っているような「見る目」というか、感覚、違和感を大事にしないといけない。そういう感覚は鋭いし、無視しちゃいけない。里平もそういう感覚を持っていて、それで会社が救われたことは何度もあります。それと望月さんも感覚が似てる。「見る目」は実に曖昧ですけど、私たちはそういう感覚を大事にして、確かな物を作って信頼を重ねていきたいです。
2026年8月1日付
アパレル工業新聞 第502号
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