2017年11月15日付の繊研新聞に掲載されました。
ものづくり最前線-国産ルネサンス-
辻洋装店は東京・中野区の閑静な住宅街に本社とアトリエ(縫製工場)を構えながら、若い縫製技術者の感性を生かした婦人プレタ向けの物作りに定評がある。「洋服づくりは人づくりの道」(辻庸介社長)をモットーに、創業70年の歴史を持つ同社は人材育成を基盤にした都市型ファクトリーとして存在感を発揮する。
プレタ仕様の物作り
「全ての面で最高品質の婦人服を作り続けることが、創業以来の目標」と言い切る辻社長。同社の従業員数は50人。本社にCAD・CAM(コンピューターによる設計・生産)と仕上げプレスの設備を持ち、縫製を担うアトリエには3人から5人の班編成7グループによって約60台のミシンが稼働する。アトリエに配属された社員の平均年齢は約28歳。9割以上が女性で全員が日本人。本社に常駐するベテランモデリスト3人を生産工程の“司令塔”に位置づけながら、国産プレタポルテのミリ単位のパターンや縫製に関する指示が生産現場に出される。
「生地は生き物。素材特性を理解しながら、それぞれに合わせたパターンを描かなければ着心地に影響する」と辻社長。袖付けの際の“いせ込み”では、通常の既製服と比較して約2倍の分量をとる。「プレス工程も含めて手間がかかるが、袖の動かしやすさと、見た目の細さを実現できる」。ジャケットの身頃部分の丸みを帯びながら美しくシェイプされたシルエットもプレタ工場ならではのパターンと縫製、プレスの技術を融合する。
縫製の各工程で随時行うプレス作業も細心の温度管理を行う。生地のしなやかな特性を失わずに立体的なシルエットを構築するため「ウールは110〜120度まで、綿は150度までの温度設定」を徹底する。
人を育てる仕組み
「その時々の流行に敏感でなければならないファッション業界の物作りには柔軟で優れた感性が必要。だからこそ縫製の現場には日本の若い人の感性を生かすことが不可欠」と辻社長は言い切る。そのためには継続的な人材育成が欠かせない。同社の生産体制は、ベテランと中堅、若手の異なる年代による3人から5人の少人数で、一型を縫い上げる「グループ生産」方式を採っている。
通常、量産型の縫製工場は効率を重視するために、縫製ラインを形成して一人当たりの工程が少ない流れ作業を行う。これと比較して辻洋装店が採る多能工型のグループ生産は効率的には良くない。しかし、服全体のバランスを逐一確認しながら生産するには少人数グループによる丁寧な生産手法が最も適している。
人材育成の面でも大きな利点がある。「技術継承を着実に行うとともに、物作りを通じて日々の成長を実感するにはグループ生産が適している」と確信している。「縫製の技術者として一人前になるには4、5年はかかるが、単純労働ではなく、多くの工程を担いながら生産することで、全ての縫製工程を担える“丸縫い”が出来るようになる」という。通常、ラインによる生産を主力にする縫製工場では丸縫いができる人員の比率は数%と言われている。しかし、辻洋装店における丸縫い技術者の比率は約3割と高い水準となっている。
工場ではグループの生産計画に沿うように、次の工程を担う人の手が空かないように、常にお互いにコミュニケーションを取りながら仕事を進めている。辻洋装店の生産現場にはプレタを作る誇りと、共に成長していこうとする“暖かな活気”が感じられる。
開かれた工場
辻洋装店は6年前から自社の工場見学者をウェブなどを通じて積極的に募っている。現在、年間の見学者は約500人に上る。「工場見学を行う以前は業界の人からも『東京の中野に縫製工場なんて本当にあるのか』と、信じてもらえなかった。せいぜい工場を持たないテーブルメーカーだろうと思われていた」と振り返る。
都内での工場経営は高コストが前提になる。地価や人件費が高いなかでは生産地としての採算が合わないと考えられても不思議ではない。「だったら自分たちの仕事を実際に見てもらおう」と見学会を開いたところ、多くの人が訪れるようになった。「当初は地方からの同業者や服飾系学生が多かった。しかし、最近は小売業態の人も参加するケースが増えている。直接的な取引にも興味を持ってくれている」と言う。多様な人々が工場を訪れることで、新たなビジネスの萌芽も見えてきた。
チェックポイント
辻洋装店は東京都が制定する「東京都中小企業技能人材育成大賞」の15年度大賞を受賞している。繊維業界では初受賞。同賞は東京都が都内の産業活性と競争力向上を目的に、技能者の育成と技能継承で特に成果を上げた中小企業を表彰するもの。
受賞理由は、社内の卓越した技能者の作業の動画を作成し、タブレット端末で社員が自由に見られるようにしていること、新入社員に対しては少人数のチーム構成による生産工程を組んで、先輩が常時傍について指導していることなど。
加えて、班構成を定期的に変え、指導的立場を担う社員の育成にも活用、育児休業後に復帰する社員を積極的に支援し、本人の希望をもとに柔軟な勤務を認めるなど、女性が働きやすい職場を目指している点なども評価された。
記者メモ
「人件費を抑えるため、人を安く雇うことを前提に会社を経営すれば、自ずと人を大事にしない社風を生むことになる。そんな中で良い物は生まれない」と辻社長。辻洋装店の原点は47年に辻社長の母がオーダーメイド店を中野に出店し、丁寧なものづくりを行ってきたことにある。やがてイージーオーダー商品を百貨店から受注するようになり、その後プレタポルテ専門の縫製工場へと進展した。現在、辻社長の長男、辻吉樹専務をはじめ二男の将之氏、三男の豪氏の3兄弟が揃って経営を支えている。
辻社長には「私たちは取引先のデザイナーの出す型を作っているのではない。デザイナーの思いを受けとめて物作りをしている」との自負がある。この経営姿勢に魅力を感じる若者も多い。
同社は毎年、新卒者を定期採用しており、来春4月には6人の新入社員を迎え入れる予定だ。人作りに力を注いできた同社に、人望が集まる。
(北川民生)