東京中野の縫製工場「辻洋装店」| 物作りの基盤は人材育成

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BLOG 2021.04.05

物作りの基盤は人材育成


東京・中野の閑静な住宅街に本社と工場(アトリエ)を構え、70年にわたりアパレル縫製業を営んできた辻洋装店。辻庸介さんは今年1月、30年近く務めた社長を退き、会長に就任した。「洋服づくりは人づくりの道」を胸に、人材育成に力を注ぎ、婦人プレタの物作りで定評を得てきた。コロナ禍で厳しさが増す縫製業界の中にあっても、歩みを止めず、現在も稼働率100%を維持している。全ては、従業員を守るためだ。

■辻洋装店 1947年創業。辻会長の母がオーダーメイド店を開業したことに始まる。やがて百貨店からイージーオーダー商品などを受注するようになり、現在は、東京・中野に本社と高級プレタを専門とする縫製工場を構える。従業員は46人。アトリエで働く従業員の平均年齢は約30歳。工場はアトリエと呼ばれ、3〜5人でグループを編成し、リーダーの統率のもと、一つの型を完成させるオペレーションを敷く。

後継者育て事業を継承

ーー専務である長男に会社を引き継いだ。

次の代にいかに良い形で継ぐことができるかがとても大事だと思い、事業継承は20年前から準備し、10年前には次期社長となることを伝えてきました。

零細企業は、後継者が育たないと存続が難しいと思っていたので、会社をどう発展させるかより、後継者をどう育てるかに力を入れてきました。

経営者として一番大切なのは、人格を高めることです。会社は経営者で決まりますから、そこに一番時間をかけてきました。もちろん完成することはないので、それに向かっていかなければならないのですが。企業として存続していくためには、経営能力、人間関係と重要なことは様々ありますが、その根底にあるのは人間力だと思うのです。

例えば、どこの会社もそうですが、社員や取引先の支えがあって成り立っています。それが分かっていなければ、少しの成功も自分の手柄と調子に乗り、一気にダメになる。人間は自分勝手の最たるものですよね。それをいかに抑え込めるか。

私がこの会社に入るときは、今のような工場ではなく、小さなオーダーメイド店でした。文化服装学院を卒業後、都内の縫製工場で修行してから入社したのですが、途端に2人しかいなかった社員が皆やめてしまったんです。私が文化を出て、わかったようなふりをして生意気だったんだろうと思います。

一人で仕事をしていて、人間って単純ではないなと思うようになり、勉強を始めました。最初は会社がもうかるための勉強が中心でした。でも、もうけようとすればするほど、うまくいかない。「人間の勉強」が必要だと思ったのは、その時。30代前半だったと思います。

ーー社長に就任し、高級プレタ専門の縫製業にかじを切った。

私が社長を引き継ぐころ、バブルが崩壊しました。仕事が一気になくなり、私も病に倒れ、最悪な状況に陥りました。とにかくクオリティーが高く、着心地が良いものを作る方向にかじを切ろうと決めたのは、その時でした。運良く、「ジュン・アシダ」と縁があり、いくつかサンプル生産したところ、我々のクオリティーを認めてくれ、「全面的に作ってほしい」と依頼を受けました。機械も多種揃えており、ある程度工業製品化していたことも評価してくれたようです。それからは、ジュン・アシダが、当社の売上の100%を占めていた時もありました。

ーーコロナ禍でアパレルの深刻な状況が露呈した。

アパレル産業が今のままでいいのかという疑問は、コロナ以前からありました。海外に生産シフトが進み、今まで商品の8、9割が売れて当たり前だったのが、半分売れればもうかるようなSPA(製造小売業)が広がった。あなたたちは半分売れればいいのかもしれないが、売れ残った商品はどこにいくのか、働いている人はどうするのか、縫製の加工賃って何なのかと。私が仕事を始めて90年代まで、製品原価率はどこも大体3分の1を設定して物作りしていました。それが20%が普通になり、場合によっては15%まで下げたいという話もあります。本当にそれが正しいのか、ずんぶん考えてきました。

海外を視察していると、日本は値段が高い割に良い服がないのではと思い、疑問を解消しようといくつもの工場を見に行きました。特にイタリアの工場をよく訪問したのですが、彼らは物作りを大事にしている。彼らの会社はモデリストがいて、縫製の仕事をしながらパターンの学校に通ったりと、作ること全般にたけている。

対して、日本の量産は分業が基本で、アパレルがパターンを描き、仕様書の通りやれば、どこでも同じようにできるという考えのもとで発展してきました。だから、安価な加工賃を求め、海外に生産拠点を移していった。

半分売れれば、商売が成り立つというのは、世間を冒とくしていると私は勝手に思っています。売れなければ捨てればいいのか、服はゴミか。それを全部人間がしているのかと。

適正な加工賃で労働条件を確保

ーー工場では、医療用ガウンの生産に取り組んだ。

日本アパレルソーイング工業連合会を通じて生産要請があり、去年4月から今年3月まで生産に取り組んできました。そのおかげで生き延びることができたと思います。ただ、その間、指をくわえて見ていたわけではありません。

実は2、3年前から販路開拓を進めてきました。その際は、希望の加工賃をきちんと示しています。あくまで例ですが、これまでのアパレルのビジネスでは原価率20%、加工賃5000円だったのに対し、8000円、9000円じゃないとできないとはっきり伝えるようにしました。そうしないと、従業員の適正な労働条件を確保できませんから。縫製業界は、ブラックと言われてきました。私たちも、かつてはブラック企業に近かったと思いますが、10年以上前に労働環境を改善しました。ブラック企業と呼ばれたままでは、会社は成長しないと思うんです。

最近はこちらの希望を受け入れてくれる先が少しずつ出てきました。「原価率40%でもいい」というところも。共通して比較的規模が小さく、卸もECもやっているのですが、今までの大手アパレルと売り方が違います。我々が提供するパターンのノウハウや、完成品のクオリティーの高さが喜ばれ、リピートにつながっています。

ーー個人との商売も増えている。

インフルエンサーの販売力はすごいです。インスタグラムのストーリーやブログで頻繁に商品を宣伝して、フォロワーが販売を心待ちにしてくれる。例えば、あるブランドでは最近、ワンピース1型1色200枚近くを生産しました。中小アパレル並みの数量です。

工場見学にいらした時に、依頼を受けました。服のコーディネートをなりわいとする方ですが、作ることに関しては素人なので、頻繁に会社で打ち合わせしました。熟練のパタンナーがジュン・アシダや、一時やっていたオーダーメイド事業で培ったパターン力を生かし、相手のイメージをパターンに落とし込んで様々な素材で試作を繰り返しました。

うちはある意味、実験室を抱えた縫製工場ですね。それが東京・中野にあるのが強みだと思います。最近はホームページを見て、工場を見学しに来るアパレルもいて、新たな注文につながることもあります。

ーー技術者の育成に力を入れている。

従業員には、パターン力の勉強もしてもらっています。見る目を養うことも必要です。芦田淳先生にお願いし、以前は従業員当時40人全員でショーを見に行かせてもらいました。そんなことをしていると、一人ひとりのセンスが磨かれてくる。パターン、プレス、裁断、縫製と各担当者のセンスが積み重なれば、必然的にセンスの高いものができます。

サンプルを目の前にしてアパレルと直接やりとりできるのも、東京に工場を持つ良さだと思います。従業員には、サンプルは袋詰めにして送るのではなく、直接持っていって何が悪いのか、どこが良いのか、次はどうするか話をしてきなさいと言っています。商品が良いものになるか、ならないかを基準にするのなら、アパレルと我々は同じ土俵に立っているはず。どちらかが一方的に押し付けるのではなく、双方が想いを伝え合わなければいけないと思います。

イタリアはこれができています。デザイナーが工場を訪れ、モデリストが対応する。この工場で一番偉いのはだれか、その経営者に聞くと「モデリストだ」と返ってきます。それだけ権威があるとされているから、モデリストである職人が誇りを持って仕事に専念できる。それがもし、銀行から来た経営者の方が偉いと言ったら、本当に良いものはできなくなってしまうのではないでしょうか。

ーー現在の稼働状況は。

100%です。今のところ、誰も休ませることなく、休業補償を使わずに操業できています。4月もフル稼働を継続するつもりです。そうと決めて受注を取ったり、努力する。コロナ禍だから注文がないのは仕方ない、ダメなら休めばいいと諦めたくありません。コロナ禍のせいにして人を切ることは避けたいからです。だから、昨今は販路開拓に加え、ありとあらゆるアイテムを生産しています。もともとプレタの重衣料を専門にしており、本当はこの時期、フォーマルの生産で埋まるのですが、今年はゼロ。今ではブラウスなどの軽医療やマスクまで手掛けています。なんでもやる姿勢や常時工場が動いていることで、新規先も連絡しやすいようです。

◇記者メモ◇

本社での取材を終えた後、歩いて5分ほどの距離にあるアトリエにうかがった。室内をのぞくと、華やかな色柄が目に飛び込んできた。ミシンを踏むのは、20〜30代女性が中心。それぞれが好きなファッションに身を包み、生き生きと働いているように見えた。

辻洋装店は毎年、5、6人の新卒者を採用している。「ファッション好きの若い人は意外と多いですよ」と辻会長。専門学校や4年制大学から応募があるという。社員を採り続けるのは「人を育てる」ためだ。「下に人がいることで、上が育つ。人はそういうものだと思うんです。」

今年は採用を1人に限定した。この数十年なかったことだ。業界への危機感が強く、「今いる社員を守っていくため」と唇をかむ。厳しい環境でも、新卒採用を継続しようという意思の強さに、真に社員を大切にする気持ちが見て取れた。

 

2021年4月2日付繊研新聞


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